リチャード・セイラーとキャス・サンスタインによる『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』は、行動経済学とナッジ理論に関する重要な書籍の一つです。
この本では、人々の行動を改善しより良い選択を促すためのナッジの方法や具体例が詳細に解説されています。
また、政策立案やビジネスでの応用についても触れられており、行動経済学の理論を実践に役立てるための手法が提供されています。
本書はDAIGOさんが2023年に紹介していただいた本の一つで人生を変える書籍として紹介されています。確かにその通りで私たちの「選択」というものがどれだけ難しく困難なものであるかを教えてくれます。
そして、選択についてどのように私たちは集団、個人として向き合うかについても詳し解説されているので人生を変える書籍と私も言えると感じました。
この本は驚くくらい選択アーキテクト、つまり選択肢をデザインすることの重要性が理解できます。また、様々な箇所でユーモア満載な一面もあるので楽しく私たちの行動経済学について学ぶことができます。
ビジネスにおいても顧客や従業員の行動を変えるための効果的な手法として、行動経済学とナッジ理論は非常に重要であると私は考えています。
本書は実践的なナッジの手法を理解し、ビジネスに応用するための具体的なアプローチを提供しています。顧客の行動を促進し、従業員のモチベーションを高めるための戦略を構築する際に欠かせない一冊なので是非読んでいただきたい1冊の本です。
ナッジとは
ナッジについて
行動経済学におけるナッジとは、人々の行動や選択を誘導し、より良い選択を促すための手法や仕組みを指します。ナッジは、人々が自らの意志で選択を行う際に、無意識に影響を与えることで望ましい行動を促進します。
「nudge」という英語の動詞は「ひじで小突く」や「そっと押して動かす」という意味を持ちます。しかし、行動経済学や行動科学の文脈では、「ナッジ」は特定の行動や選択を誘導し、より望ましい結果を得るための手法や仕組みです。
本書の表紙では親ゾウが子ゾウを長鼻で軽く押しています。このような形で小さな行動のサポートを選択する上で実施することで周囲への良い影響を与えることがナッジであり、多くの場面で見ることができます。
ナッジを学ぶ上で大事なリバタリアン・パターナリズム
ナッジを知る際に重要な概念となるのがリバタリアン・パターナリズムです。
リバタリアン・パターナリズムは、個人の自由と自己決定権を尊重しつつも、人々の選択や行動を誘導し、より良い結果を促すための概念です。
この概念は、リバタリアニズム(個人の自由を重視する考え方)とパターナリズム(強者が弱者の利益のために介入する考え方)の相反する要素を組み合わせています。
- リバタリアニズム: リバタリアニズムは、個人の自由や自己決定権を重視し、他者の介入や干渉を最小限に抑える考え方です。個人が自己の意思に基づいて行動し、その結果に責任を持つことが重要とされます。
- パターナリズム: パターナリズムは、強者や権力者が弱者や一般市民の利益や福祉を守るために介入や干渉を行う考え方です。強者が弱者の代わりに意思決定をし、その結果をコントロールすることで、より良い結果をもたらそうとします。
リバタリアン・パターナリズムは、これらの相反する考え方を組み合わせたものです。どうやらこの概念については一部の学者に批判があったと本書では述べられています。
しかし、この個人の自由と自己決定権を尊重しつつも、行動や選択を誘導する手法は、個人の自由を損なわずに望ましい行動や選択を促します。
リバタリアン・パターナリズムでは、個人の自己決定に影響を与える「ナッジ」やガイドラインが効果的に設計されます。これにより、人々がより良い選択をしやすくなります。
リバタリアン・パターナリズムは選択の設計者(選択アーキテクト)として人びとが意思決定する文脈を整理して示す必要性があります。
なぜナッジが必要なのか
なぜナッジを取り入れていく必要性があるのかについては選択肢が増えることで人々の意思決定が複雑化していることや人間の認知には限界があり、情報処理能力や判断力には限界があることや人間の認知にはさまざまなバイアスがあることが挙げられます。
ナッジは人々の注意を引き、選択肢を整理し、認知的負荷を軽減することで、より良い選択を促すことができます。そのため、現代においてナッジは非常に有用なツールとして位置付けられています。
自分がしなければいけないあらゆる選択について、深くじっくり考える余裕はない。
NUDGE 実践 行動経済学 完全版 p82
身近に利用されているナッジ
ここでは実際にナッジが活用されている事例を紹介いたします。
目覚まし時計のクロッキー
目覚まし時計の「クロッキー」はホイールがついた目覚まし時計です。時計を止めて二度寝するのを強制的に体ごと起き上がらせないといけません。
このようにシステムを利用して行動を半ば強制ですがデザインするのもナッジが利用されている例の一つです。
マンスリーピルオーガナイザー31日ピルボックス
ピルケースにもナッジが活用されています。例えば低用量ピルのような服薬が特殊(服薬しない日が存在する)場合などは服薬しない日はボックス内を空にしておくことで誤投薬を防げます。
このようにデフォルトの状態で考えたりすることを省いてあげるような選択をデザインしてあげることもナッジの大きな活用例です。
エスカレーターより階段を使いたくなる?
スウェーデンのストックホルムの地下鉄の階段にはピアノの鍵盤の模様があり、センサーを仕掛けて音が鳴るようになっています。
同様に、他の都市では階段に消費カロリーが記載されている場合もあります。これらはナッジの良い例と言えます。
階段にピアノの鍵盤の模様を付け、音を鳴らすことで、通行者が階段を使うことを促進しています。音楽の楽しさや興味を引きつけることで、人々が階段を選択する動機付けが増します。
同様に、消費カロリーが表示されている階段は、健康意識を高めたり、運動を促進するためのナッジとして機能します。
これらの取り組みは、ナッジの原則を活用して、人々の行動をポジティブに変える効果的な手法として注目されています。
コストコのナッジを利用した顧客選択のデザイン
コストコの取り組みは行動経済学におけるナッジを利用した一例と言えます。
コストコが入り口付近に高価なジュエリーや時計などを置くことで、顧客の価格の基準を高く設定し、その後の商品価格を安く感じさせる効果があります。
これはアンカリング効果と呼ばれ、最初に提示された価格や情報が後の判断に影響を与える効果です。
コストコが買い物かごを大きくすることで、顧客に多くの商品をかごに入れてもらうことを促しています。これは、顧客が多くの商品を購入するようにナッジする効果があります。
これらの取り組みは、顧客の行動を誘導し、望ましい結果を得るためのナッジを利用したものです。行動経済学の観点から見ると、これらの戦略は顧客の意思決定に影響を与え、効果的な販売促進を実現するために活用されています。
ナッジを生活に活かす方法
チェックリストの導入
チェックリスト形式のToDoリストの作成が個人の生活レベルでナッジを活かすのに有効な理由は、以下のように説明できます。
チェックリスト形式のToDoリストは、自身の目標やタスクを明確化し、整理するための効果的なツールです。目標やタスクをリストアップすることで、何をすべきかを明確にし、混乱や忘れ物を防ぐことができます。
さらに、優先順位を設定することで重要なタスクや締め切りが近いタスクを優先的に取り組むことができ、効率的な時間管理が可能です。
また、チェックリストを作成する際には、タスクを達成した際にチェックをつけることで達成感を得ることができます。
この達成感はモチベーションを向上させ、次のタスクに取り組む意欲を高める効果があります。さらに、タスクや予定を頭の中で覚えておく必要がなくなるため、ストレスが軽減され、集中力が向上します。
最後に、毎日のタスクを振り返り、反省や学びを得ることで、継続的な自己改善と成長を促すことができます。このように、チェックリスト形式のToDoリストは個人の生活レベルでナッジを活かすために非常に有効なツールとして利用されています。
チェックリストなどさらに自分の選択肢を与えてより良い生活を行う方法の最適な書籍は鈴木祐氏が書いた「ヤバい集中力」が最もお勧めです。
自宅や職場の環境を工夫する
自宅や職場の環境をナッジで工夫する方法には、以下のようなアプローチがあります。
まずは選択肢の制限です。不要な物を取り除き、必要最低限のアイテムに絞ることで、環境を整理しやすくなります。物が多すぎると混乱を招くため、選択肢を制限して整理整頓を心がけましょう。
次にデスク周りの整理です。デスク周りを整理し、使いやすく配置することで、作業効率を高めることができます。頻繁に使うアイテムは手の届く場所に配置し、不要なものは片付けるようにしましょう。
また、自宅環境の配列も重要です。自宅の配置やインテリアを工夫することで、快適な環境を整えることができます。例えば、リラックスできるスペースや集中できるスペースを分けて配置することで、心地よい居住環境を作ることができます。
さらに、美的な要素の追加も効果的です。色彩やデザインにこだわったインテリアやアクセサリーを取り入れることで、環境をより美しく魅力的にすることができます。美的な要素は心理的な快適さをもたらし、気分やモチベーションに影響を与えます。
最後に、機能的なレイアウトを考えましょう。使いやすさを考慮したレイアウトを設計することで、作業効率や快適さを向上させることができます。例えば、作業スペースとストレージスペースを分けて配置することで、スムーズな作業が可能になります。
これらの方法を組み合わせることで、自宅や職場の環境を工夫し、より快適で効率的な空間を作ることができます。自分のニーズや好みに合わせて工夫を凝らし、より良い環境を整えることを目指しましょう。
著者について
リチャード・セイラー(Richard H, Thaler)
米シカゴ大学経営大学院教授。1945年米ニュージャージー州生まれ。74 年米ロチェスター大学で経済学の博士号取得(Ph.D)。米コーネル大学、米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院などを経て95年から現職。行動経済学の研究で、2017 年にノーベル経済学賞を受賞した。著書に『行動経済学の逆襲』(遠藤真美訳、早川書房)、『セイラー教授の行動経済学入門』(篠原勝訳、ダイヤモンド社)などがある。キャス・サンスティーン(Cass R. Sunstein)
NUDGE 実践 行動経済学 完全版
ハーバード大学ロースクール教授。専門は憲法、法哲学、行動経済学など多岐におよぶ。1954年生まれ。ハーバード大学ロースクールを修了した後、アメリカ最高裁判所やアメリカ司法省に勤務。81 年よりシカゴ大学ロースクール教授を務め、2008 年より現職。オバマ政権では行政管理予算局の情報政策及び規制政策担当官を務めた。18 年にノルウェーの文化賞、ホルベア賞を受賞。著書に『ナッジで、人を動かす──行動経済学の時代に政策はどうあるべきか』(田総恵子訳、NTT出版)ほか多数、共著に『NOISE──組織はなぜ判断を誤るのか?』(ダニエル・カーネマン、オリヴィエ・シボニー共著、村井章子訳、早川書房)ほか多数がある。